ふははっ
実は、衝動買い的にCDも買っちまったぜっ!
あかん……(^_^;)

さて、第14巻まで読み進んでます。
うん、今のとこ最新刊です。

感想は……、号泣してて書けません……


ベタな展開なんだけど、だからこそそれに
浸っていたい、酔っていたい
涙にくれてたい



2017.03.08 まことの華姫
『しゃばけシリーズ』の作者・畠中恵さんの作品です。

姫様人形である ”お華” は、真実を語る人形!? 
江戸の人たちは、お華の言葉を聞きたくて、見世物小屋へやって来る… 

大まかな設定は、そんな感じですかね。
舞台は江戸ですし、勿論時代も江戸ですし、
登場人物を変えた ”しゃばけ” かなぁという印象です。

なので、ま、ハズレじゃないんですが…。
もうちょっと路線を変えてもよかったかなぁと思ったりもしています。

収録されているのは、
まことの華姫
十人いた
西国からの客
夢買い
昔から来た死
の5編。

『まことの華姫』では、お華がなぜ真実を語ると言われるのかも含めた
登場人物紹介
『十人いた』では、行方不明の子どもを華姫に探してもらう話
『西国からの客』は、江戸から遠く離れた西のお店の跡継ぎ問題の話
『夢買い』は、自分の娘を旗本の側室にしたい人たちのいざこざ
『昔から来た死』で、主要人物の一人である月草が自分の過去と
向かい合う話

それぞれ、ライト・ミステリー仕立てです。
これも評判が良ければ、シリーズ化… 考えられてるかもしれません。
最初の章で、人物紹介をたっぷりやっているのを見ると
そんな気配がします。

芸人・月草はさえない風貌の元人形師の男性で
4年前に負った怪我がもとで今は人形師を諦めて、人形遣い。
人形は、文楽で使うようなものだと思うんですが、
月草の芸は、もっと軽やか。
ちょうど、いっこく堂さんをイメージして頂くといいと思います。
腹話術、で、プラス動きは文楽っぽい感じ。(たぶん)
操る側は男性で、操られる人形は少女。
当時、もし本当にそんな腹話術師がいたら、斬新だったでしょうね。
ですが~~~~
当然、凡人の月草に千里眼はなく、
その月草が操る人形・華に特別な力があるわけじゃありません。
なのに、まことしやかな噂は流れて、トラブルがやって来る♪ と。

うん。やっぱり雰囲気と言い、筋立てと言い、『しゃばけ』だ。

真実を語ると言われている華姫。
この設定に魅かれたと言うのはあります。
実は、魂のある人形だってこともあり得るかなぁと思ったし。
美しい姫様人形ってことで
『悪魔の花嫁』の中に出てきた 文楽人形 ”お初” を連想したせいもあるし、
しゃばけシリーズの中の1エピソード 『産土(うぶすな)』 を
思い出してしまったせいでもあります。
両方とも、かなりヘビーなお話で、この話も??? と身構えましたが
それは要らぬ心配だったようで。 ^^

そうそう。
江戸時代、お江戸は将軍様のおひざ元、大都会だったわけです。
今も、東京と言うと、大都会の代名詞かと思いますが、
冷たい街、と言うイメージがあると思います。
でも、畠中さんの解釈は、ちょっと違っておられるようですよ♪
素敵な解釈で、優しい気持ちになれました。

え?
もし、シリーズ化して、新刊が出たら?
う~~~ん。
面白いけどね~、も、いっかな~。
2017.03.03 卒業
昨日は雨模様の中、小姫の卒業式がありました。

4年前、大姫の卒業式のときに、卒業式に行くと言った私に対し
「なんで来るの!?」
と、少しキレ気味で訊いてきた大姫の態度に
そっか、高校生ともなれば、もう親に卒業式のような行事には
参加して欲しくないんだなと学んだ私。
小姫のときには行かないでいようと考えていました。
一応、小姫には
「式の後は、お友達といたいだろうから
卒業式には行かないつもりでいるけど、どうかな?」
と訊いてみましたが、
なんか… 来て欲しいとも、来て欲しくないともはっきり言わなくて。
でもこれは、来て欲しくないって言い辛いからだろうなと
私は解釈しました。

木曜日は仕事が入っているし、まぁ、それでいいか…と
思っていたんです。

ところが。

「お母さん、私なんかで表彰されるらしい。壇上で表彰状受け取るらしい。」
と、言うではありませんか。
「もしかして、私の勘違いなのかもしれないけど。」
と。
は??? なんですと????
そりゃ、行かにゃ♪♪
「え~~~、なにそれ、見たいじゃん。お母さん行ってもいい?」
と、訊いたら、実は来てくれたらいいな~と思っていたと。
ただ、確かに式後は友だちのところへ行っちゃうから
来てもらって、親ほったらかしにして行っちゃうのもなんだなぁと思っていたと
そう言うではありませんか。

なんだよっ、早く言ってよっ、そういうことはっ!!!

ほったらかしって、当たり前じゃん!!
そんなの、一体どの親が気にするっての!?

で、急遽、シフトを代わって貰って、行って来ました。

いい式でした♪
茶目っけのある、笑顔いっぱいの卒業式でした。
涙も… ま、ちょっとはあったけど
総じて明るく楽しい式でした♪

で。
表彰ですが。
聞き違いじゃありませんでしたよぅ。
なので、
卒業証書と、3カ年間皆勤賞証書と、
そして、もうひとつ、壇上でわざわざ賜ったもう一つの賞状で
計3枚の賞状を頂いて帰ってきました。
すげ~~~♪
頑張ったのね。

皆勤賞の副賞として、時計も頂きました。
「これ… これから先も遅刻なんかしないで頑張れって
意味合いだよねぇ… (^^;;;;; 。」
と、小姫と笑ってしまいました。

担任の先生からもプレゼントがあって
クラス全員にタオルハンカチが配られました。
しかも、名前入り。

うぅっ! 先生~~(ToT)
おぜわになりまじだーーー

私のほうが泣きそうですよ、まったく!

行けて良かった。
午前中、なんとか持ってくれた空と
急遽、シフトを代わってくれた仕事先の人に
深く深く感謝します。


ありがとう。



PS 今更だけど、『3月9日』っていい歌だなぁ…。


2017.02.27 花を召しませ
3月早々に卒業式が待っている小姫です。
あっという間だったなぁ…
生きれば生きるほど過ぎる時間に加速度ついていくよ。

って、今日はそれじゃなかった。

部活、先日の登校日の際、簡単なお別れ会があったようです。
小姫たち3年生が、完全に卒業なのもそうなんですが、
お茶の先生も、ここのところで辞められるとか。
小姫は、とっても感謝していて、尊敬もしていたようで
先生に花を作って持っていきたい、と言い出だしました。

花ことばとか、季節など色々調べて
小姫が作るのを選んだ花は椿。
人によっては、花が丸ごとゴトリと落ちることから
斬首を連想させるから嫌いと言うこともありますが、
お茶室によく飾られるお花のイメージでもあり、
私も賛成しました。

小姫のことだから、チャッチャッチャ~と作るのかと思いきや、
ちょっと買いかぶりだったかな。
まぁ~~~~、事細かに色々訊かれましたさ。
でも、説明はしたけど、手は出さず♪
で、ちょっと時間はかかりましたけど、しっかり出来上がりました。

登校日当日、しっかり紅二輪、白一輪の椿の花束を持って行きました。
「渡せた? 喜んでもらえた?」
の帰宅後の私の問いには、
「うん、たぶん。」
と、なんとなくはっきりしない答え。
どうやら、慌ただしさの中でお渡ししたようで、
ゆっくり言葉を交わす暇がなかったのかな。

ところが。
後からわざわざその先生からお礼のメールが届きました。
そこには
時間をかけて作ってもらったことが嬉しかったと
可愛らしい椿だと
そうありました。

小姫、嬉しかったと思います。
だって、それ聞いた私だって嬉しかったですもん。
まず、椿だと認識してもらえたことが嬉しかったし、
相手のことを思って過ごす時間を喜んでくれたこと
あぁ、お茶の先生なんだなぁと
そう言うところを汲みとってくださる方だったんだなぁと
それがやっぱりとっても嬉しかったです。

価値観と言うのは人それぞれですが
自分のために使われた時間を尊んで下さった先生に
感謝したいと思います…


2017.02.22 お弁当考
とあるネットの記事で
子どもの「お弁当作り」で消耗する必要はない フランスは遠足弁当でも「パンとハムで十分」
ってのがありました。

確かに。

パパもママも同じようにフルタイムで働いていたら
作るのがパパであってもママであっても
お弁当づくりと言うのは、結構な負担です。
料理作るのが好き好き大好き! であったとしても
あの小さなスペースに、彩りよくバランスよく詰めるってのは
また一手間乗ってきますしね。
更に、キャラ弁とかにしようものなら、
もう料理と言うよりは、絵を描く感覚? 工作する感覚ですよね。
(因みに、うちの娘2人は、味が混ざりがちになるキャラ弁は嫌い♪)

その記事曰く
幼稚園児なら、パンにハムとかチーズとか挟んだ簡単なサンドイッチを
アルミホイルにくるっと包んで持たせ、
小学生になったら、パンと挟むものを持たせて、自分でその場で作らせる形
が主流なのだとか。
フランスのお弁当で重要なのは
シンプルであることと、食べやすいこと
と、ありました。

合理的! メッチャ合理的!
親の負担は減るし、自分で自分のお昼作るくらいは出来るようになるし♪
帰宅後、お弁当箱とか、スプーンとかフォークとか洗う手間もないから
その分の負担もなくなるし♪♪

と、歓迎はするんだけど…。
別に、お弁当が、親の愛情そのものなのだ とか
陳腐なこと言う気は全くないけど…。

合理的って、ちょっとだけ、寂しい。
合理的って言葉の響きには、温もりを感じないんだよな~。
うん、旧式のドロイドだから。 ^^;;

食事は確かに生命維持するための栄養を摂取する行為ってのが
第一に来るけれど、
それだけじゃない気もするんですよ。
手紙をもらったときに感じるあの封を開けるときめきと似たものが
お弁当のふた取る時には、ある気がするんです。
そんなにバリエーションとかないから、
所謂、いつもの代り映えしないお弁当であっても、
「今日、何かな~♪」
って。
「好きなおかず一つでも多いかな~♪」
って。
ちょーーーーーーーーーーっとだけでも、ワクワクする気がします。

料理ってのはやっぱり
「喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな。
美味しいって思ってもらえたらいいな。」
って、作るもんじゃないかなぁと思います。

つまりは、お弁当も然りです。

合理的に簡素化する。
いいと思います。
毎朝毎朝、可愛いお弁当を作るために早朝に起きて
へとへとになって体調崩しちゃうんだとしたら、
そんなの主客転倒だもの。

だけど。

合理化だけが正しい道じゃないと思いたい。
笑顔を想像して、労を割くってのも、
おつなもんだと思っていたい、です。
自分じゃない、誰かのために何かするって、やっぱり尊いものだと
そう思っていたいです。
(一所懸命って、くだらないことだって分かってるけどさ
そう言うのしかできないんだもん…)

うん、旧式のドロイドだから。 (^O^;;;