2017.02.22 お弁当考
とあるネットの記事で
子どもの「お弁当作り」で消耗する必要はない フランスは遠足弁当でも「パンとハムで十分」
ってのがありました。

確かに。

パパもママも同じようにフルタイムで働いていたら
作るのがパパであってもママであっても
お弁当づくりと言うのは、結構な負担です。
料理作るのが好き好き大好き! であったとしても
あの小さなスペースに、彩りよくバランスよく詰めるってのは
また一手間乗ってきますしね。
更に、キャラ弁とかにしようものなら、
もう料理と言うよりは、絵を描く感覚? 工作する感覚ですよね。
(因みに、うちの娘2人は、味が混ざりがちになるキャラ弁は嫌い♪)

その記事曰く
幼稚園児なら、パンにハムとかチーズとか挟んだ簡単なサンドイッチを
アルミホイルにくるっと包んで持たせ、
小学生になったら、パンと挟むものを持たせて、自分でその場で作らせる形
が主流なのだとか。
フランスのお弁当で重要なのは
シンプルであることと、食べやすいこと
と、ありました。

合理的! メッチャ合理的!
親の負担は減るし、自分で自分のお昼作るくらいは出来るようになるし♪
帰宅後、お弁当箱とか、スプーンとかフォークとか洗う手間もないから
その分の負担もなくなるし♪♪

と、歓迎はするんだけど…。
別に、お弁当が、親の愛情そのものなのだ とか
陳腐なこと言う気は全くないけど…。

合理的って、ちょっとだけ、寂しい。
合理的って言葉の響きには、温もりを感じないんだよな~。
うん、旧式のドロイドだから。 ^^;;

食事は確かに生命維持するための栄養を摂取する行為ってのが
第一に来るけれど、
それだけじゃない気もするんですよ。
手紙をもらったときに感じるあの封を開けるときめきと似たものが
お弁当のふた取る時には、ある気がするんです。
そんなにバリエーションとかないから、
所謂、いつもの代り映えしないお弁当であっても、
「今日、何かな~♪」
って。
「好きなおかず一つでも多いかな~♪」
って。
ちょーーーーーーーーーーっとだけでも、ワクワクする気がします。

料理ってのはやっぱり
「喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな。
美味しいって思ってもらえたらいいな。」
って、作るもんじゃないかなぁと思います。

つまりは、お弁当も然りです。

合理的に簡素化する。
いいと思います。
毎朝毎朝、可愛いお弁当を作るために早朝に起きて
へとへとになって体調崩しちゃうんだとしたら、
そんなの主客転倒だもの。

だけど。

合理化だけが正しい道じゃないと思いたい。
笑顔を想像して、労を割くってのも、
おつなもんだと思っていたい、です。
自分じゃない、誰かのために何かするって、やっぱり尊いものだと
そう思っていたいです。
(一所懸命って、くだらないことだって分かってるけどさ
そう言うのしかできないんだもん…)

うん、旧式のドロイドだから。 (^O^;;;



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