これも、”books A to Z” で紹介されていた1冊で
芦沢央さんの短編集です。

収録されているのは、
「許されようとは思いません」
「目撃者はいなかった」
「ありがとう、ばあば」
「姉のように」
「絵の中の男」
の5編。

とっても読みやすい文章で、あっという間に読めちゃうかも。
でも、私は、1編1編呼吸を置いて読みました。
あの~、なんと言うか、引きずられる内容で…

人は完全に善良であることも、完全に邪悪であることも
出来ない存在だよなぁと思うんですが、
それをもろ表現したような作品群です。
どれも、最後に 「?」 となり、 「あ!!」 となり、
ゾワゾワしながら納得するようなどんでん返しが用意されています。

そのゾワゾワはたぶん、作品中の登場人物の邪悪さを理解する…
頭で理解すると言うよりは、身にしっくりくるような分かり方で理解する…
自分の心の冥さに所以するんじゃないかと思います。

『許されようとは思いません』
義父殺しの罪を犯し、その罪を
”許されようとは思いません” 
と全面的に認める発言する嫁の真意とは?
この気持ち、分かる… ^^;;;
いや、分かるなよっ!!!! って思うんですが、分かっちゃうんだもの。

『目撃者はいなかった』
小さなミスの隠ぺいのため、どんどん重ねて行く嘘。
間の悪い人と言うのはいるもんで、この主人公がそう。
自業自得と言えば言えるけど、追い詰められ方が半端ない。
追い詰められるほうの弱さも、追い詰めるほうの諸々も
なんか、とっても納得します。

『ありがとう、ばあば』
ダブル・バインドって言葉をふと思ったりしました。
二重拘束は、やってる本人もやられてるほうも
無自覚なことが多いとか聞きましたが
そう… でしょうねぇ…
誰かを傷つけようと思ってする悪意の行動じゃなく、
ただ、自分の思うような行動に誘導するのもこれに分類されるとしたら。
でも、拘束されたほうの感情は、摩耗していくものなのかも。
怖っ!
あれ!? 私も、ダブル・バインドしてるんじゃないか?
ぞぞぞ、とします。

『姉のように』
罪人の家族は罪人か?
これ… 難しいですよね。
東野圭吾さんの『手紙』でも、そんなテーマがあったように思いますが
難しいと思います。
犯罪の気質は、血によって受け継がれるものじゃないでしょ?
でも、罪を犯させる人にしてしまった家族の責任はある??
自分が信じていたものが揺らぐ恐怖。
拠り所を失くしてしまうと、人は狂う… と思う。やっぱり。

『絵の中の男』
芸術家は、普通じゃない。
何かが違う、どこかが違う。
逆に言えば、何かが違ってなければ、アーティストたりえない。
偏見かもしれませんけど… そういうイメージありませんか?
実は、変わってない人と言うのは、存在しないって気もしますが、
その変わり方が顕著な人のほうが、
つまり、アンバランスな人のほうが人を引き付ける作品を創れる
と言う気がする。
作中に挙げられるまでもなく、芥川龍之介の『地獄変』を
途中で思い浮かべずにはいられない展開です。
私は芸術家ではないから、芸術家の業は分からないけれど、
才能は、恩恵であり、呪いでもあるのかな。


ぎょっとするものを孕んだ作品です。
ふと、自分の足元を見てしまう作品。
でも、人って、怖いもの見たさって感覚がありますよね。
ふふ。そういう感覚にぴったりきますよ!
隙間の時間でも読めます。
まとまった時間が取れない方にもお勧め。 ^^



Secret