2016.10.24 謎の毒親
姫野カオルコさんの小説…だと思います。
「だと思います」、なんて書き方をするのは、
巻末に
”本書の「投稿」はすべて事実に基づいていますが、人名、地名、団体名等の一部を
 仮名とするなど、フィクションとして構成したものです。”
とあるから。
もし、実際にどこかに寄せられた相談の投稿とその回答なら
純粋に小説と呼んでいいのか、私には分からないので…。 ^^;

とある女性から、子どもの頃悩んでいたことを
「投稿」と言う形で受け取ることになったある本屋の人たち。
その女性=ヒカルちゃん、に一所懸命自分の所見を語って
何がしかの回答をしていく、と言う形のこの小説。
タイトルに毒親とついてるだけあって、なかなかエグイ中身です。
とは言え、
ヒカルちゃんは、暴力をふるわれたわけでもなければ、
育児放棄されたわけでもなく、
つまりは、衣食住に不自由することもなく、行きたい学校へも
通わせてもらっています。

ごく普通の親。と、言えば、言えるのかもしれない。
や、悩みの内容を見ると、とてもそうは思えないけれど。
と~~にかく、その悩みの内容の程度が突出しているんです。
何事においても。
読んでると、ゾワゾワするくらいのレベル。

ヒカルちゃんがまだ子どもだったころ、
時代と言うものも手伝って、ヒカルちゃんの疑問、疑念、悩みは
相談しても同年代の友だちにも、大人にも理解してもらえず、
人によっては、自分の親のことを悪く言うもんじゃない!と
逆に叱られたりしてしまうんです。
そのことで、間違っているのは自分なのか? 自分は恩知らずの悪い子なのか?
と、自己否定もするようになってしまう。
しんどいです。生きるのがとってもしんどいと思う。

それが大人になって、自分自身が客観的に物事を見られるようにもなり、
大人が言っていることだということで、耳を傾けてもらえるようにもなり、で
この小説が誕生するわけなんですが。

親や先生を含む大人たちの言動が無神経なものだった。
理不尽なものだった。
と、知ることが先ず、自分癒しの第一歩なんだなぁと
つくづく思わずにいられません。
子どもは、大人を信じています。自分の生きる指針にします。
それはたぶん、本能です。
でも、大人と言っても、子どもよりちょっとばっか長く生きてるだけの
未熟な生き物であることには変わりないんですよね。
だから、間違う。
そして、長く生きれば生きるほど、その間違えを認めるのが難しくなり、
間違えの責任転嫁や、すり替えを行ったりするんですよね。
それが、子どもをどれほど傷つけるのか想像せずに。
(だって、自分を守るだけで、いっぱいいっぱいだからね)

そうやって、程度こそ違うものの
誰もが ”毒親” になっていってしまうのかも…。

傷ついた過去のある自分自身と
一応、まがりなりにも親をやっている自分と
両方の視線で相談事の投稿を読みました。
色んな意味で、痛かった… です。



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