”降りかかる火の粉は払わねばならない”

そうか! その通りだ!
と、思ったのは、中学生の頃だったかな…
私の思考は染まりやすい。
周りの人の考え方に烏合しやすい。

鬼畜米英。英米人は血も涙もないのだ!と教われば
それを信じるし、
永遠に戦争を放棄するという憲法は素晴らしい。
と聞かせられれば、そうだと思うし。
だから、そのパターンと同じように
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ」
と諭されれば、そうだよねと思ってしまう。

こちらに害意がないのだとしても、
相手がこちらに徹底的な殲滅を仕掛けて来るなら、
受けて立たねば殺されてしまうから
と言われれば…

世界の情勢が変わって、生活の在り方も変わって、
日本の常識はほぼほぼ世界の常識じゃなくて
色んな技術は進歩しているのに、なのに!原始的と思える
弱肉強食、が、最も基本の強いルールであるならば、
自衛というものの定義が変わってしまうのだ。
と言うのも、分からなくはない。

世界状況が切迫した状態で、
だから、緊急に国を守る法を整えばならない、と
考える人がいても、不思議はない。

だけどね。

小説、もしくは、映画『風に立つライオン』の中、
主人公の航一郎の取る言動が胸に迫ります。

金品強奪のための襲撃を受ける航一郎とアフンディ。
アフンディは現地の人なので、対処の仕方が分かっています。
つまりは、同じように反撃しないと生き残れない、と。
航一郎にも銃を渡して、とにかく撃てと助言するんですが…

「アフンディ。僕は撃たない」
「ダイジョウブだよ。話せば分かる」
「日本人は・・・銃で人を撃たないんだ」
「アフンディ、よく聞いてくれ。僕は医者だ」
と、絶対に撃たない。

その結果、友人であるアフンディの身も危険に晒し、
航一郎自身も… 消息不明になってしまうんですが…

彼のとった方法が絶対に正しいとは思わない。
生命体としては、生き延びることを第一に考えるべきだから。
けれど… 

大切な人を、家族を目の前で惨殺されたり
もしくは、嬲り者にされたりしていても
反撃はしないのが正しいのか???



私たちが行くべき道はどの道?


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