”暮れ泥む” と言う表現も好きなんですが
暮れそうで、暮れなそうで、遅々として進まない時間のような気がして。
今日は、ゆっくりであっても確実に進む時間を選んでみました。

野外ライブの良さは、その時間の進みを味方につけるところ。
青い空から徐々に紫がかって金色に輝きながら
藍色の空へと溶けるように変わって行くその時間帯は妙なる時間帯。
美しすぎて、逢魔ヶ時とも呼ばれてしまうけれども。^^;;
加えて、日本とはまた違う大気の感じが美しさいや増しです。

生まれ故郷とも呼べる場所ゆえか、積み重ねてきた時間によるものか
いつにもましていい表情です。
その場に立っているという状況が本当に楽しそう。
確かな絆を実感出来ているのか、本当に嬉しそう。
常日頃から、「感謝している」と口にしているけれど
会場にいる人たちに向ける視線、いつもこんなに優しげだったっけ?
最近心がささくれだっているからか、その眼だけでグラッと
泣きそうになってしまった… (相当マズイよねぇ。)

ライブ中、背にしたスクリーンに流れる過去の映像のあれこれ。
ライブ映像のところどころに差しはさまれるインタビューの様子。
あぁ、一歩一歩歩いて来たんだね、と感じさせられます。
インタビューで垣間見える仄かな自信が頼もしい限り…

と、そこでしばし我に返る!!

仕事仲間同士で仲の良い人たちはたくさんある。
一生懸命に仕事する人たちもたくさんある。
(と言うか、それがほとんどだ!)
私の場合、見た目の美醜は人の判断材料にならない。
のに。
なんで、こんな風に嵌っちゃったんだろう。
未だにその謎は解けず。
多くの人が支持するモノや人と言うのは
確かにそれなりの理由も魅力もあることなのだけれど、
それに流されるのは良しとしないんだけどなぁ。
ちっくしょー、不可解だ! 理不尽だ!
釈然とせん!!

と、言う自分に向けた憤りはこの際ちょっと置いておいて。
話を戻しましょう。

裏話的な番組を見てしまったから、
ライブ後半、腰の負傷で動けないくらいの激痛の中
歌って踊っているのは分かっていました。
でも… 知らなかったら分からなかったかもしれない。
知ってて見てるから、もうとっくの昔に過ぎたことなのに
少しでも足を引きずっているように見えると、ハラハラ。 ^^;;;
ハラハラさせつつ、ちゃんとやりきるあたりがプロだなぁ。

「僕は時間にお金を払ってもらっていると思っているから
 その時間を自分たちが預かっているときに
 自分の理由でクオリティーを下げたりすることは許されない」
かぁ。
その通りなんだけど、実践はね~、簡単じゃないのは
誰でもが知っていること。

恒例のご挨拶も収録されていて、
自分たちは仲がいいと言われているけれど
もしかしたら、もたれかかりあって、支え合いながらじゃないと
いられなかったのかもしれない、と言う言葉は成程でした。
たぶん、そうなんでしょう。
不安が大きかったから、不平も不満もとりあえずは飲みこんで
一緒にやって来たんでしょうね。

仕事仲間と破綻しないで長い間一緒に仕事を続けられる
と言うのは、実は相当難しい。
スタートはもしかしてもたれ合っていた部分もあるかもしれないけれど
自分をより主張していくことが求められる仕事の中、
引くべきところを心得ていると言うのは、
絶対に ”みっともないこと” じゃない。
って、そういうことの価値は本人には分からないものだったりするけど。

そして、今がある。

後悔がない歩き方と言うのは、とても難しい。
たぶん、全くないと言ったら嘘になるでしょうが、
それでも、やってきてよかったと思えるって幸せなことですね。
うん。 幸せ、おすそ分けしてもらいました。^^

もし、その歩んできた道や絆がまやかしだったとしても、
もともと ”偶像” と言う名前のお仕事だもの
巧く騙してくれるのなら、それでいいや。

ぬくもりを… ありがとうね。^^



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