タイトル、まだ続きます。
『隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』と。
著者は清水潔さんと言う方で…
テレビと言わず、新聞と言わず、雑誌と言わず
幅広く”伝える力”をお持ちの方のようです。
これも、”books A to Z” で知った一冊です。

まずは…
酸素! 酸素!! 酸素!!!
つ、疲れました。読み終わるのに。
いえ、文章が読みづらいのではありません。
ただ、文章の緊迫感が物凄くて
思わず、息を詰めるように読み進んでしまったから。
もう… 呼吸困難です。

『謝るなら、いつでもおいで』も
殺人事件を取り扱ったルポでした。
今回のこの本も取り上げるのは殺人事件。
でも、かなり毛色が違います。
筆者は被害者及び加害者の関係者ではないので、
その分、中身は客観的でドライ。
だからこそなのか、「殺人犯があなたのそばにいる」と言う言葉は
真実味をより帯びて、思わず振り返ってしまうような
何とも言えない”背筋のゾワゾワ感”を生じさせます。

冤罪事件を取り扱っていながら、
自分にとっては冤罪事件はそれほど重要でない、と
清水さんは仰る。
それよりも、殺害された子どもがいる。
殺害された子どもがいると言うことは、必ず、手を下した人間がいる。
その犯人を決して許すまじ!!! と。

以前から私も書いていますが、
被害者がいると言うことは、加害者がいると言うこと。
無実の罪で裁かれていいわけがないけれど、
じゃあ、仮に被告の無実が証明されて無罪放免になったとして
被害者はどうなるんだ、と思うんです。
だって、いるもの。確実に。犯人は。

況や、真犯人が捕まって処罰されたとしても
被害者は、被害者家族は、被害にまだあっていない時間まで
時間を巻き戻せはしなくて、
無かったことには出来ないんですものね。
やりきれません。

警察や検察が身内の犯罪やミスにはかなり寛大で
それを隠蔽することに長けている。
と言うのが、果たして本当のことなのかどうかと言うのは
私には分かりかねますが、
テレビドラマなんかで、そんなような中身が取り上げられるのを
多く見かけると、「あぁ、あるかもなぁ。実際に。」という
気分にさせられます。
でも、それは生活の根幹にかかわるような一大事。
だもの、あるかもしれないと思いつつも、
とりあえずは信頼するしかないんですよね。
じゃないと、法治という大前提が成り立たなくなる。から。

著者の清水さんが嘘を書かれている。
とは、全く思いませんが、でも、本になっているからと言って
中身を鵜呑みにするのも危険だと思っています。
だれでもそうだけれど、
嘘をつかなくても、人を欺くことは出来ますから。
だから、センセーショナルなタイトルをつけた雑誌は
すべてスルーすることにしている私。σ(^^;)
だって、玉石混合だとしたら、玉を見極める目なんて
持ち合わせてないんですもん。

10の事実のうち、8しか外に出さなかったとしたら、
それだけで、真実と言うのは歪んで行くでしょう?
裁判において検察側も弁護側も、
知っていたとしても、自分サイドが不利になるような証拠なんかは
法廷に出してこない。
裁判は真実が明らかになるところと言うよりも
駆け引きをどれだけ上手くやれるかを競う場所のように感じます。

同じように生活の場でも、全てを詳らかにしないで
生きているものね、誰もが、たぶん。
そういう点において、私も同じ穴の狢で、
要らぬところで、メッチャ落ち込んだりしています…。

ところで…
人を殺傷するような事件が起きて、
その犯人が逃走中だと、枕を高くして寝られないと
なりますが、
捕まったからと言って、安心♪ とはならないはずです。
浜の真砂は尽きるとも… と言いますし。(これは、泥棒限定だけど)
常に何かを疑ってかかるのもしんどいですが、
警戒、怠ること勿れ で、いかないとなぁと思います。

だって、
「殺人犯はそこにいる」
んだから。



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