エボラ出血熱なんて病気は、存在しない。

え? えぇっ!?
そんな風に考えると言う概念が全くなかったので
非常に驚きました。

まぁ… そうだよなぁ。
外国人を信じたばっかりに、長い長い間
辛酸を舐めつくすような時代を過ごしたんだもの。
疑心暗鬼になって、またこいつら外国人は
俺たちを騙して、甘い汁吸おうとしてるんだ!って
考えるのは仕方ないことだよね。

そういう病気は存在しないから、
危ないと言われる猿食も蝙蝠食も止めない。
そういう病気は存在しないから、
血液や吐しゃ物や体液がついたものも危険はない。
血だらけになった遺体も、塩水で洗えばなんら問題はない。
そう公言する彼ら。 (><。)

エボラウィルスによって引き起こされるエボラ熱の存在を
信じている身としては
彼らの行動は、軽はずみで危なっかしく思えます。

この疑心やら、間違った情報やら、
深刻な医療機関の絶対数の不足やら
同じく深刻な医師や看護師の不足やらの
悪い条件が整い過ぎてます。
これでは、感染拡大を防ぐのは、きっと相当難しい。

現地で医療に当たっておられる方々は
文字通り ”命懸け”。
『風に立つライオン』の記憶が新しい今
せめて、お医者さんや看護師さんを信頼して欲しい…。
お願い、お願い、どうぞ信じて。


私は無宗教です。
(あ、神さま・仏さまを信じないのとはちょっと違いますが)
その無宗教の私から見ると
それぞれの宗教の信者は、恐ろしく思える。
神や仏の名において、なんでもやっちゃいそうに見えるから。
でも、逆から見ると
心のストッパーとなる信心がないと言うことは
何をするか分からないように見えるそうで。(笑)
寄って立つ足場は逆なのに
お互いがお互いに
似たり寄ったりのイメージを抱くと言うのが何とも笑えます。

あ、それはおいておいて。

宗教を信仰すると、その宗教の慣習に従うということは
もう、絶対そうだと思うんです。
でも、その慣習が病気の感染を広げてしまう一因に
なってしまうこともあるそうなんですね。

感染を広めてしまうと、理屈で分かったとしても、
宗教行事だと、絶対動かせないんだろうな…。
(このへんも、無宗教だと特に縛られるものがないのが
 ありがたかったりします。)
もし、信仰ゆえに病気になったとしたら
それは神のご意思だから敢えて受ける、と言うことになるの??

戦争もそうだし、病気もそうだけれど
人を救うのが宗教のあるべき姿なのだとすれば、
人を追い詰める宗教って、なんなんでしょう?


信じるもの、信じるべきもの、信じてはいけないもの。
正しいのは、なんでしょう?


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