2014.03.26 智慧
始まりは14年前、らしい。^^;
始まったときの事を知らないから、
”らしい”としか言えないのだけど。

14年前から、震災が起きる3年前まで。
凡そ10年間かぁ。
10年間、番組の企画で村での生活を学んでた(らしい)
途中からはよくその番組を見るようになって
現在に至ってます。

先日、その10年間のダイジェストを放送してました。
その1週間前には、3時間のSP版を放送。
SPの中で、リーダーが泣くシーンがあったのだけど、
翌週10年間のダイジェスト版を見て、
その涙の意味と言うか、重さがちょっと分かった気がします…。

廃屋に手を入れ、住めるようにし、
荒地を拓いて農地にし、
井戸を掘り、かまどを作り、
蜂を誘い…
作物の手入れをして、収穫。
品種改良をし、干したり、漬けたり。

現代っ子で、都会育ちだったら
気が遠くなりそうなほど無縁の世界のはず。
しかも、本職は華やかな世界の住人なのに(笑)

勿論の事、ただそこへ連れて行かれて
放置されたら、どうしようもないわけで、
お手伝いと言うか、指導してくれる人が必要…。
で、番組を用意してくれた先生が、とっても素敵な人で♪
先生と言うよりも、”おじいちゃん”って感じの人で、
年上の人に対して失礼だけど
可愛らしい人♪なんです。

でも、番組がお願いしただけのことはあって
確かな腕をお持ち。
優しくて、明るくて、でも、シビア。
如何にもこう言う企画の師匠です。

10年分のダイジェストを見ながら、
「暮らす」と言う言葉の意味を思いました。
「生活する」とかね。
生きるための智慧、もしくは、英知。
そういうものを、突きつけられた気がします。

経験に裏付けされた智慧は、
それがゆえに、時間を長く過ごした者に分があり、
年長者を敬うという思想につながっていくのでしょう。

そして、土に近い生活は
人を謙虚にする気がします。
一人じゃどうしようもないから、どうしても人様の手を借りるし、
借りれば、感謝の気持ちになるし、
天気や気候にも左右される生活は
そこに人知を越えた存在を意識させるさせるでしょう?

人は不便を感じると、何かしらを工夫して
その不便を取り除こうとする生き物なんでしょうが、
便利になりすぎて、つまりは、工夫されたあとの
上澄みだけ利用していると、
どんどん愚かになっていくのかもしれない。

根無し草になっているつもりは無かったけれど、
知らず知らずに、そうなっているのかも。

そういう意味でも、私は生きているとは言えない気がする。


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