2013.03.09 苦言
♪ 言葉はもう ぬくもりさえ伝えてくれはしない ♪
(アルバム『夢の吹く頃』より、『理・不・尽』からのワン・フレーズ)
そんな歌詩を見たのは、今からもう24年も前。

その時代には、HPもブログも、
勿論ツイッターもフェイスブックもなかった。
でも、その時代にさえ
言葉はぬくもりを失った、らしい。

私は、自分ではやらないけど
ツイッターもフェイスブックも否定はしない。
それから、
自分でやっちゃってるブログも否定しない。

だけど。

こんな風に投げっぱなしの言葉こそ普通に存在する世界は
やっぱりどんなもんなんだろうか?と思う。

そういう言葉に慣れている人たちは、
言葉は一方通行なものなのか???

大姫は、よく私にものを依頼してくる。
自分のスケジュールも口頭でまくし立てたりする。
ちゃんと聞こえなくて、聞き返すと、鬱陶しそうな顔。
とても物事を頼むような態度じゃない。

そうそう、旦那もそういう傾向がある。
自分の送ったメッセージは
相手がどういう状況下であれ、
ちゃんと受理されて、理解されていて当然だと考えている。
(因みに、こちらからのメールほかはチェックしていない…^^;)

とりあえず、自分の手から離れれば、
それはイコール、伝えたことになり、伝わったことになる。
それが、恐らく、大姫の考え方。
いや、もしかしたら、若い人たち全般の考え方。
あ、旦那もそうだから、若い人たちに限ったことでもないのか。

でもそれは違う。

行って返って、初めて会話は成立する。
投げた言葉を、勝手に見て、とっとと理解してくれなくちゃ!
そして、送り手側の思惑通りに動いてくれなくちゃ!!
と言うのは、いささか言葉の扱いとしては乱暴だと思う。

でも、ネットでの情報発信は、
多かれ少なかれ、発信はしてるんだから、チェックしないのが悪い。
って、考え方のほうが大きな流れなのかな。

言葉は、意思のやり取り、心のやり取り、情報のやり取り。
双方向じゃないのなら、
言葉はそのぬくもりどころか、生命さえも失うんじゃないかと思う。

ただ、投げつけられた言葉。
しっかり手渡されるべき言葉であるのに、
投げつけられて、受け取られはぐれた言葉は、
一体どこに行くんだろう?

言葉は、頭ン中を伝えるツール
心に追いつかなくて、頭に追いつかなくて
伝えきれないことはあったとしても、
ちゃんと伝えようと言う思いの欠けた言葉は、
ツールとしての意味を成さない。
言葉は言葉でいられない。

ツイッターなんかの弊害じゃないのだろうか、これって。

でも。
それが、「時代」と言うものですか?



ってか、私も一方通行っぽいブログやってるんだから、
同じ穴の狢か。
言葉を殺さないためには、
もしかして、止めた方がいいのか。




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