2011.06.12 人材
小説『七人の敵がいる』はフィクションですが、
でも、読みながらね、ちょっと考えちゃいました。

私はね、「男は外で仕事、女は家を守る」って
それほど大きく抵抗があるわけじゃありません。
家庭だって小さな社会と考えれば、
役割分担があってもそう不思議じゃない。

そして、同じように
外で働く女性に対しても抵抗はありません。
って、このご時世、働く女性にアレルギーなんて、
ほぼありえないか。(笑)

とまぁ、そんな風にどこかお気楽に考えていたのだけれど。

当然のことだけど、
物凄く優秀な人材と言うものは、男女の違いを問わず
生まれてくるものですよね?
そして、無能な人材も然り。
プライベートな空間でトラブルが起こったとき、
性別が女性だからと言う、ただそれだけの理由で、
今まで積み上げてきたもの全てを捨てて、
プライベートな空間に閉じ込められるようにして生きなきゃならない
としたら、
それは、その女性にとっても不幸だけど
社会的にも大きな損失なのかもしれない…。

小説の中には、そりゃ~もう、得がたく優秀な人材が
ぱかすか登場するんだけど、
もしかしたらこの辺、ノン・フィクションの世界かもって
結構真剣に考えてしまった。
家庭のことに振り回され、疲れ果て
だけどそれにもいつか終わりは来て。
でも、その終わりが来たからと言って、
元の生活には戻れない。
つまりは、社会も貴重な人材を失ったまま。
だけど、その人がいなくても、会社も回るし社会も回る。

うぅ、もったいない。

人間の社会が原始の時代からここまだ掛け離れてしまったのに
中途半端に役割分担のシステムが残っているのが悪いのかなぁ。
でも、あんまり重要に見えない雑務をこなす人も
やっぱり、とっても重要に思えるんだけど。
かと言って、全てが料金システムによって効率よくってのも
微妙に違和感あるし。

掘り下げると、結構根深く難しい問題なのかも…。


え、私?
あ、私は勿論、無能な上に怠け者です。口ばっかりのね。
自分ではそんなに酷いつもりはないんだけど、
周りの人が口をそろえてそう言うから、そうなんだと思う。
そっか、そっか。
私は、この「人材」の枠の外なのね。あらら。