2010.08.29 大切な風景
ラジオから流れてきたある女性の投稿、曰く
旦那さんのふるさとが南の島で、
実は、自分はそこが苦手。
虫がやたら大きかったり、
家の中をアリが行進していたり…と。
(つまりは、おおらか過ぎるって事ですかね? 笑)
でも、その海はとってもきれいで、実は自慢。
だって。

そっかぁ。
その人にとって、ムダに大きい虫も含めて
嫌いと言いつつ、大切な風景なんでしょうね。

私にとってもね、大切な風景はあります。
子どもの頃に慣れ親しんだ、なんでもないそれが
本当に大切なんですよ、今でも。
(アルトディアスのローゼリーみたいな言い方ですが ^^;)
うん、今は土地開発やら何やらで、なくなってしまっているのだけど。

子どもであった頃の自分というフィルターを通して
心でシャッター切ってますから、
そりゃあもう、花一輪、雑草一本、虫の一匹に至るまで
美しいままです。

ラジオでは、お勧めの観光地、お勧めの風景の投稿を
募っていたようですが、
投稿するわけじゃないから、私は別のものを挙げたいな。

私が大切に守りたい風景は、
妖精の末裔と言われたほど、独特でピュアな
日本人の心根そのものです。
今や、絶滅危惧種でしょうけどね。

なにかのCMでも言ってましたが、
風雨を表す言葉一つとっても、なんてたくさんあることか。
新聞のコラムでも言ってましたが
小さな生き物に向ける眼差しの、なんて優しいことか。
確かに、セミの抜け殻は、ただの変体の残滓なんだけど、
それを空蝉と表現するそのセンス。
生物の鳴き声を喋っていると解釈するその感性。

思いやり、いたわり、察する…
いや、実際目を見れば何でも分かり合えるなんてことは、
思ってないのだけど、
そう言う、口に全て出さないで、
相手を思う想像力で補い合うような
そう言う”粋”。

残せたらいいのにな~、なんて。

んで。
こう言う価値観を私に与えてくれたのは、
両親でも祖父母でもないんですよ。
勿論、自発的に考え付いたわけでもない。
ま、すみません。いつものとおりなんで、
言わずもがな、です。

彼の言葉が、私にとっては心の原風景。
私のものの見方、考え方の根幹を成しています。

同じように。
私も、誰かの原風景になれたら素敵。
たぶん、大姫も小姫も多かれ少なかれ
私の影響は受けているでしょうが、
そうでなく。(や、それも充分凄いことなんだけど)

これだけ長い間ブログを綴ってきていて、
通りすがる方も、随分といらっしゃるわけです。
たった一度のアクセスかもしれないし、
常連さんになってくださってる方もあるわけです。
で、そんな、本来だったら、
触れ合う可能性がゼロだったであろう誰か
の価値観のほんの少しでもいい、肥料になれたら…
心の中の大切な風景の一つになれたら…

本当に素敵なんだけどな。
憧れます。



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