2017.05.24 美談
恐らく、別のベクトルではあるんだけど
スキャンダルと同じくらい注目を浴びる
”美談”。
見たり聞いたりすれば、心温まると言うことで
ある種、心のサプリメントみたいな部分があるんでしょう。

うん。悪くない。
根が単純なんで、す~ぐ感情操作されちゃうタイプです。^^;;;

んでも。
たまには素直に流されないこともあって。



シングルファーザーが娘のために
毎日お弁当を3年間作ったと。
最後のお弁当には最初に作ったお弁当の写真と
メッセージが添えられていて、
作って貰っていた娘さんがそういうことを全部ひっくるめて
パパのお弁当は世界一だとツイートしたそうで。

愛情と感謝
というパッケージは、確かに素敵。
ステレオタイプだと言われても、素敵だと思う。

だけど、このケースだけとってみると
パパ、勿論のこと、朝から晩までお仕事があったはずです。
それだけでも、大変です。
だとするならば。
お弁当を作るのは、パパが娘に、じゃなく
娘がパパに、じゃなかったのかなぁ…。

シングルファーザーやシングルマザー。
そうなった理由は様々だとして
でも、大変さで言ったら、両方相当しんどいと思われます。
親が子供にお弁当を作るのが当たり前みたいな風潮はありますが、
逆があってもいいんじゃないか????

それとも、そっちのほうが寧ろスタンダードで
美談として取り上げることができないってことなのか???

うーーーーーーーーん
なんとなく、疑問符が浮かんでしまう。
母親が入院することがちょいちょいあったときに
父親の分までお弁当を作っていたかつての少女で~したっ。



2017.05.15 この先?
心が動かない日々を送っているわけじゃありません。
相変わらず、咲き乱れる花や緑は瑞々しいし、
空もどの天気でも美しいし
鬱陶しいと思われがちな雨にも心引かれています。
どこからとなく香って来る花の匂いに幻惑されて
心がどこかにふわふわ漂い出てしまうこともあります。
(幽体離脱ではない!)

けども。

心動かされることがあったとして
それを書き記していくことに価値やら意味があるのか?と
ふと疑問に思ったら
そこから動けなくなってしまいました。

うん、知ってる。

ホントのホントは、価値も意味もないってこと。
だけど、自分の覚書みたいに残しておきたいなぁって
そういうこともなくなっちゃって。

自然消滅的に消えていくのが正しい。 きっと。


2017.05.10 激動中
世界情勢があまりに目まぐるしく変わっているので
ジェットコースター乗っているときのように
軽く乗り物酔いしそうです。

取り敢えず、近々にEUが崩壊することは避けられたようで
経済の大混乱は先送りになったのかな。

そして、お隣の国も新大統領が決まったようで。
日本憎し路線は、基本揺るがないとして ^^;;;
親北なんだとか???

え。心配…。

統合して、1つの独裁国家になっちゃうとか…
ないよね?
ね?ね?
うん。まさかね。ないよね。


普段着のしゃべり言葉って
しゃべる内容は別として、殊更意識しながら使うことって
ないと思うけども~

だからこそ、普段使いの言葉のほうが
表現するのは難しいものなのね(笑)

生まれ育った土地の言葉は
俳優さんたちが一所懸命練習して習得しても
やっぱりどっか借り物チックなのかな。

でも…
必死に方言練習している姿を想像すると
なんだろ、ちょっとほっこりするなぁ。


落ち込むなんて、おこがましい。
落ち込むヤツって、己を過信してるヤツだ。

某番組でさんまさんが仰った言葉。
なるほど。
この一言にギクッとする人は少なくないんじゃないでしょうかね?

♪ 涙流すのは 信じてるから 心のノートに書いた言葉  ♪
これは、北京オリンピック時、某テレビ局のテーマソングに起用された曲の
ワン・フレーズ。
うんうん。

この2つの言葉、方向性は真逆だけど、
同じことを言っているように思います。

努力したから、負けたくない。負けるはずがない。
そういう自負の心と
精一杯目一杯やった実力がこれならば、
そこに”落ち込み”が紛れ込む余地はないという
自分を俯瞰する視点。

どちらの考え方を自分の糧にするのかは
人それぞれでしょう。
だから、どちらが間違っていて、どちらが正解と言うことでもなく、
両方とも、考え方として凄いなぁと思わざるを得ません。

いつだったかなぁ。
どこかの番組であるアスリートを特集していたときに
そのお父さんにもインタビューをしていて、
「負けたときに、悔しいと思ってくれたのが嬉しかった。」
と、仰っていたんですよ。

うん… まぁ… そう… かぁ…

一流のスポーツ選手の親御さんなら、そう考えるのでしょうね。
でも、私には少し違和感がありました。
極論だと言うことを重々承知で言っちゃいますが、

「勝負に勝ったからって、何?」

あ~、これ言っちゃうと、すべての勝負事の否定になっちゃうから
この世の禁句って感じですよねぇ。
だけど、たまに、ふと思っちゃうんですよね。
試合に勝ったからって、そんなに偉いの? 凄いの? って。

負けて悔し泣きをする。
あるある。
でも、”されど” ではあるけれど、 ”たかが” でもあるんだよね。

どちらの考え方がお好き?
どちらを自分の指針にしたいですか?