2017.02.27 花を召しませ
3月早々に卒業式が待っている小姫です。
あっという間だったなぁ…
生きれば生きるほど過ぎる時間に加速度ついていくよ。

って、今日はそれじゃなかった。

部活、先日の登校日の際、簡単なお別れ会があったようです。
小姫たち3年生が、完全に卒業なのもそうなんですが、
お茶の先生も、ここのところで辞められるとか。
小姫は、とっても感謝していて、尊敬もしていたようで
先生に花を作って持っていきたい、と言い出だしました。

花ことばとか、季節など色々調べて
小姫が作るのを選んだ花は椿。
人によっては、花が丸ごとゴトリと落ちることから
斬首を連想させるから嫌いと言うこともありますが、
お茶室によく飾られるお花のイメージでもあり、
私も賛成しました。

小姫のことだから、チャッチャッチャ~と作るのかと思いきや、
ちょっと買いかぶりだったかな。
まぁ~~~~、事細かに色々訊かれましたさ。
でも、説明はしたけど、手は出さず♪
で、ちょっと時間はかかりましたけど、しっかり出来上がりました。

登校日当日、しっかり紅二輪、白一輪の椿の花束を持って行きました。
「渡せた? 喜んでもらえた?」
の帰宅後の私の問いには、
「うん、たぶん。」
と、なんとなくはっきりしない答え。
どうやら、慌ただしさの中でお渡ししたようで、
ゆっくり言葉を交わす暇がなかったのかな。

ところが。
後からわざわざその先生からお礼のメールが届きました。
そこには
時間をかけて作ってもらったことが嬉しかったと
可愛らしい椿だと
そうありました。

小姫、嬉しかったと思います。
だって、それ聞いた私だって嬉しかったですもん。
まず、椿だと認識してもらえたことが嬉しかったし、
相手のことを思って過ごす時間を喜んでくれたこと
あぁ、お茶の先生なんだなぁと
そう言うところを汲みとってくださる方だったんだなぁと
それがやっぱりとっても嬉しかったです。

価値観と言うのは人それぞれですが
自分のために使われた時間を尊んで下さった先生に
感謝したいと思います…


2017.02.22 お弁当考
とあるネットの記事で
子どもの「お弁当作り」で消耗する必要はない フランスは遠足弁当でも「パンとハムで十分」
ってのがありました。

確かに。

パパもママも同じようにフルタイムで働いていたら
作るのがパパであってもママであっても
お弁当づくりと言うのは、結構な負担です。
料理作るのが好き好き大好き! であったとしても
あの小さなスペースに、彩りよくバランスよく詰めるってのは
また一手間乗ってきますしね。
更に、キャラ弁とかにしようものなら、
もう料理と言うよりは、絵を描く感覚? 工作する感覚ですよね。
(因みに、うちの娘2人は、味が混ざりがちになるキャラ弁は嫌い♪)

その記事曰く
幼稚園児なら、パンにハムとかチーズとか挟んだ簡単なサンドイッチを
アルミホイルにくるっと包んで持たせ、
小学生になったら、パンと挟むものを持たせて、自分でその場で作らせる形
が主流なのだとか。
フランスのお弁当で重要なのは
シンプルであることと、食べやすいこと
と、ありました。

合理的! メッチャ合理的!
親の負担は減るし、自分で自分のお昼作るくらいは出来るようになるし♪
帰宅後、お弁当箱とか、スプーンとかフォークとか洗う手間もないから
その分の負担もなくなるし♪♪

と、歓迎はするんだけど…。
別に、お弁当が、親の愛情そのものなのだ とか
陳腐なこと言う気は全くないけど…。

合理的って、ちょっとだけ、寂しい。
合理的って言葉の響きには、温もりを感じないんだよな~。
うん、旧式のドロイドだから。 ^^;;

食事は確かに生命維持するための栄養を摂取する行為ってのが
第一に来るけれど、
それだけじゃない気もするんですよ。
手紙をもらったときに感じるあの封を開けるときめきと似たものが
お弁当のふた取る時には、ある気がするんです。
そんなにバリエーションとかないから、
所謂、いつもの代り映えしないお弁当であっても、
「今日、何かな~♪」
って。
「好きなおかず一つでも多いかな~♪」
って。
ちょーーーーーーーーーーっとだけでも、ワクワクする気がします。

料理ってのはやっぱり
「喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな。
美味しいって思ってもらえたらいいな。」
って、作るもんじゃないかなぁと思います。

つまりは、お弁当も然りです。

合理的に簡素化する。
いいと思います。
毎朝毎朝、可愛いお弁当を作るために早朝に起きて
へとへとになって体調崩しちゃうんだとしたら、
そんなの主客転倒だもの。

だけど。

合理化だけが正しい道じゃないと思いたい。
笑顔を想像して、労を割くってのも、
おつなもんだと思っていたい、です。
自分じゃない、誰かのために何かするって、やっぱり尊いものだと
そう思っていたいです。
(一所懸命って、くだらないことだって分かってるけどさ
そう言うのしかできないんだもん…)

うん、旧式のドロイドだから。 (^O^;;;



これもまた、 ”books A to Z” で知った1冊です。
ジョージ・ソーンダーズさんの書かれた物語で、寓話…だと思います。

登場人物たちのイメージ…
『ドラムカンナの冒険』って人形劇を思い出します。
その話では、主人公のカンナは、元々は普通の人間だったけれど、
何故か理由も分からないまま、ゴミですべてが構築されている
ゴミリーヒリズに落ちてしまい…って話で、
当然のことながら、登場人物たちはすべてゴミの寄せ集め。
この話に出てくる人たちも、そんなよく分からないものを
寄せ集めたような体をしています。

そんな、冗談のような登場人物たちの話ですが、
なんともはや…
まーーーーーーーったく笑えない話でした。
もう… なんと言うか、リアルで。 ^^;

出てくるのは、内ホーナー国と、外ホーナー国
それに大ケラー国の3国。
内ホーナー国は小さな小さな国で、1度に一人しかその国内に
いられないほどの大きさ。
なので、順番に自国に入れるようにしているんですが
その間、他の国民たちは、一時滞在ゾーンと呼ばれる
外ホーナー国の領土に肩身の狭い思いをしているしかありません。

領土問題と言うのは、どうやら、作り物の世界の中でも
現実の世界でも火種となりうるようで…。
その領土問題を言いがかりのきっかけにして
平和の均衡が瓦解します。

幼少の頃の不幸を逆恨みして内ホーナー人たちを迫害しまくるフィル。
あれ??? これって、あのジェノサイドにそっくりでは?
激しく既視感があります。

簡単なことを、言葉を弄ぶようにしてこねくり回し、
頭がよさそうな雰囲気を作り、やがて大統領の座も簒奪するフィル。
なんかこれも… どこぞの国のリーダーにいませんでしたっけ?
ここまであからさまに内容がないってことはなかったけど
コピーライターもかくやの端的物言いでの自己演出、見た気がするんですが。 ^^;;

もしくは、やたら、自分たちの国民性を持ちあげ、優越感を煽るとか、
国境に有刺鉄線張っちゃうとか
ちょっとでも、自国にはみ出そうものなら、税を取るぞ、とか
あまりにも近々に聞いたような言葉で、
もう、愕然とするしかありません。

ネタばれしちゃうと、この話は


この頃、こればっかりになっちゃったかな?
books A to Z” で、紹介されていた1冊です。

ノン・フィクション と言うか、告白本 と言うか…。
主に絵画を取り扱う世界の暴露本とも言える本で
かなりスキャンダラスと言えば、スキャンダラス。

が。

あまりに遠い話過ぎて、スキャンダラスに読み切れませんでした。
なんか… 楽しんじゃった♪ (コラコラ ^^;)

そもそも、芸術って、嗜好品だと思うんです。
乱暴? はい、乱暴な言い方です。自覚あります。
でも、その乱暴を通させてもらって、言わせてもらうなら、
究極、作品を好きか嫌いか、もしくは何にも感じないか、の
3択しかないように思うんですよね。
ってことは。
好きになった作品が、価値のある作品。
って、知識が皆無の私は思うんだけど、それでよくないでしょうか?
ダメ?

でも、それだと商売になんないのか。 ^^;
(いや、無理やり商売しなくってもいいのにって思うけど)
ネームバリューのある作品 = 価値のある作品
って価値観で成り立つのが芸術を取り扱う商売の世界でしょうかね?
と言うか、そういう前提ありきじゃないと
この告白(告発)の本は成り立ちません。

著者は、ギィ・リブさん。
タイトルから察せられるとおり、贋作作家です。
娼館を営む両親のもとに生まれ、最初はそこそこ裕福ですが、
法律改正などに巻き込まれる形で、路上生活者に転落。
貧困の極み、辛酸をなめるんですが、
持って生まれた運なのか、会うべくして出会う人たちに導かれるように
贋作作家への道を選択していきます。

贋作と言うと、例えば、ダ・ヴィンチだったら
『モナ・リザ』をそっくり写し取ったかのような作品って、連想しませんか?
私はそうでしたが、ここに出てくる贋作と言うのは、
そうではなく、まだ世に出回ってない、巨匠の作品なんです。
一瞬、それって贋作????? って思いましたが、
そこに、巨匠のサインを入れたら、それ、贋作ですね、確かに。

最近、AIが ”レンブラント” の ”新作” を描いたと話題になりましたが
それは、本当にレンブラントが描いたものでなく、AIがレンブラントの作品をスキャンし
学習した結果、レンブラントの絵を描き上げたということで、
レンブラントの作品じゃないことは公表されているし、贋作ではありませんが、
これと同じことを、人がやってのけて、その上、サインもねつ造し
巨匠の作品だと言うことにする形と言えば、分かりやすいでしょうか。

でもそれ…
並大抵じゃ出来ないですよね。
他人になりきって、新たな作品を生み出すわけですが
そこには、猛勉強と、研究と、画材をそろえるための手間暇が漏れなく付いてきます。
感覚をとにかく研ぎ澄まして、描く。
他人の画風かもしれないけれど、心血注いで絵を描いていると言うこと自体には
嘘はないように思います。
そして、その作品の出来を測る物差しも存在するのだとしたら…
その達成感にハマるかもしれない。確かに。

ピカソ、シャガール、マティス、ルノワール、ダリ
モディリアーニ、デュフイ、マリー・ローランサン… エトセトラ
物凄いラインナップです。
当然、得るお金も相当なもので、リブ氏は遊興三昧できるほどの
巨額の富を手に入れます。
ただ…、やっぱり ”正しいお金” の得方ではなかったんでしょうね。
その報いはやってきます…。

アップ・ダウンの激しい(激しすぎる!!)リブさんの人生を
覗き見るだけでも、かなりスリリングですが、
そこに絵画流通世界の奥深い闇が絡んでいて
いかなる才能にも才覚にも恵まれていない私には
只々、遠く、めくるめく世界がそこにありました。
平穏無事な生活が気に入っているけれど、
こう言う万華鏡めいた美しく妖しく危ない世界にも
どうしようもなく魅かれます。

もし、才能に恵まれていたのなら、
イケナイコト、したい♪♪♪
あぁ、残念だな~



2017.02.15 にゃ~ん
恋する乙女が ”こねこちゃん♪” なら
長く生きたわが身はさしずめ
”ねこまたちゃん♪” 

はふぅ~~~~